芸術的な金属加工技術「へら絞り」
一般的にはなじみが薄い言葉「へら絞り」。板状の金属を立体物に加工する技術の一つですが、大量生産に向いているプレス加工に対して、小ロットの加工に向いています。それは、オス型とメス型の2つの型で金属板を挟み込むプレス加工に対し、へら絞りで必要な型はオス型1つのみという、コスト面のメリットがあるからです。へら絞りで驚くべきことは、その作業の芸術性の高さ。横向きの回転軸に取り付けられた型に、金属板を密着させ、それを高速で回転させる独特の方法を用います。その回転する金属板に「へら」と呼ばれる棒を押し当て、その圧力によって金属を曲げていきます。硬い金属板が、まるでろくろで回る粘土のように変形していく様子は一見の価値があります。
今回取材で訪れたのは、へら絞りでの加工を得意とする銅器製造メーカーのイソダ器物(燕市)。創業約60年になるという同社の代表・磯田直貴さんにお話をうかがいました。
へら絞りによって生み出す、独創的な茶入れ
「へら絞りの技術は全国的にあり、珍しいものではありませんが、キッチン用品からロケットの先端部分まで幅広い金属加工に使われています。型を作るコストがプレスよりも抑えられるため、小ロットで他品種を作り出すのに使われている技術です。手作業で作り出しますので、金属の厚みを均一にするのには相応の経験が必要になります」(磯田さん)。そんなへら絞りで磯田さんが作り出すのは、銅製の鍋やフライパンなどのハウスウエア。その多くはOEM(受託製造)となっていますが、長年培った技術を生かした独自ブランドの製品も製造しています。
「銅製品の需要はずいぶん前から下がってきていました。その中で新しいオリジナルの商品を開発しなければいけないと思っていました」と話す磯田さん。そんなイソダ器物の代表作が、約20年前に作り始めたという「大地の実り」シリーズ。ナスや柿などをモチーフにしたぽってりとしたデザインが特徴のかわいらしい銅器ですが、実はこれは装飾品ではなく「茶入れ」なのです。
「もっと日常的に銅製品を使って欲しいという思いから、日本人にとって馴染みが深い茶入れを考えました」(磯田さん)。銅は薬品による化学反応で着色できますが、青系や茶系の色が出しやすいことから、ナスや柿などをモチーフにしたのだそうです。その後、この茶入れは2001年度にグッドデザイン賞を受賞。現在、フランスのファッションブランドDiorのパリの本店でも扱われているそうです。
磯田さんが行うのはへら絞りだけではなく、材料の切り出しから、溶接、鎚での紋様入れ、磨き、着色と全工程に及びます。「大地の実り」シリーズは、一つの製品を作り出すのに実に多くの工程を経て作られています。
家でちょっとお茶を一服をするときや、来客をもてなすとき。テーブルの上にこの茶入れがちょこんと置かれているのを想像すると、いつもよりも特別で和やかな時間が過ごせる気がしてきます。そして、「銅製品は経年変化で錆びていくことも魅力の一つ」と磯田さんは話します。長く使うほどに「錆び」という歴史をまとっていく銅器と一緒に生きていくのも、なかなか楽しそうではありませんか?
取材協力:有限会社 イソダ器物
(ハウジングこまち編集部 鈴木)
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