※本記事はハウジングこまちVol.35(2022/12/25発行)掲載記事です。
人の手が加わっていないような、無作為な庭をつくり出す。
紅葉が終わりかけの11月下旬に、庭職人・小川俊彦さんの自宅を訪ねました。
加茂市内の住宅街の角地にあり、建物前の2面にアオダモやモミジ、ブナやドウダンツツジなどの落葉樹が植えられています。その他にさまざまな種類の常緑樹や草木が茂っており、里山の一角を切り取ってきたかのような多様性が見られます。
「庭づくりで大事にしているのは、人の手が入っていないように植えることです。その場その場の状況に合わせてつくり方は変わりますが、木にしても石にしても同じ距離で配置せず、無作為に見えることを意識しています。ここでは、背の高い木と低い木を組み合わせることで自然な雰囲気をつくり出しました」と小川さん。
道路を挟んだ向かい側には小学校があり、教室から外を眺める子どもたちに、新緑や紅葉などの季節の変化を感じてもらいたいという意図もあるそうです。
「家の中にいると、木が目隠しの役割を果たしてくれますし、自然に包まれているような感覚を味わえますよ。夜にポールライトに照らされた木々を眺めながら、お酒を飲む時間も気に入っています」(小川さん)。
短大でランドスケープを学んだ後に、海外放浪の旅へ
高校時代に進路を考える時に、ランドスケープデザインや都市計画に興味を持つようになったことが、小川さんが庭職人の道を進むことになったきっかけなのだそう。
「大勢の人が暮らす場所をデザインできることに興味が湧き、当時京都にあった京都芸術短期大学に進学して、ランドスケープを学び始めたんです。京都という土地柄、実習で桂離宮の敷地内の木の剪定をする経験もできました。入学時はデザインの仕事に就くイメージを持っていましたが、お客さんが喜んでくれるのを直接感じたいと思うようになり、庭職人を目指すことにしたんです」。
ただ、すぐに庭職人の修業を始めたわけではなく、短大で石積みをテーマに研究をしていたことから、卒業後は新潟に戻り石材店に就職。2年弱経験を積んだ後に、学生時代に憧れていた長期の海外旅行へと出発したそうです。
「7カ月程の旅で、最初に中国から入りモンゴルへ行き、そこからシベリア鉄道でロシアのモスクワまで行きました。その後、北欧、イギリス、トルコ、エジプト、インド、タイを巡って日本に戻りました。
その半年後に再びイギリスへ行き、その時は3週間程イギリスとフランスの2カ国だけを旅行しました。その旅の途中、ベルサイユ宮殿などの庭をじっくりと見て回ったんですが、幾何学的なパターンや左右対称の庭がきれいだなと思う一方、違和感があることに気付いたんです。
それは例えば『この庭はどこから見るといい』とかコントロールされているような感じに対してですね。日本の庭はもっと抽象的で、人それぞれの感じ方で楽しめるような曖昧さがあると思っていて。その時に、自分がこれからどんな庭をつくっていきたいのかが整理されたような気がします」。
庭づくりでは、手入れが苦痛にならないことを重視
2度の放浪を終えて造園会社に就職し経験を積んだ小川さんは35歳で独立。今は11年目になるといいます。そんな小川さんに、住宅における庭や植栽の役割について聞いてみました。
「庭や植栽は、季節の変化を感じさせ、日々の暮らしに癒やしや潤いを与えてくれるもの。それは建築にはできないことだと思います。それから建物を引き立てる役割もありますね。
ただ、草取りや落ち葉の掃除などの手間が掛かるものでもありますから、庭をつくる時には施主さんにとって手入れが苦痛にならないように計画することを意識しています。例えば、庭の手入れに不安を感じている方には、『はじめに玄関前やアプローチなどの毎日目にする場所だけに植栽を施して、余裕ができたらさらに庭をつくってはどうですか?』と提案したりもします。
ロケーションに恵まれていて、周りの自然が十分に楽しめる敷地の場合は『本当に庭いります?』と尋ねることもありますね(笑)」。
木が一本入った瞬間に建物の雰囲気が変わる
必要以上に庭を薦めることはしないという小川さんのスタンスは、庭を楽しんでほしいという強い思いからくるもの。
「庭は犬や猫などのペットと同じように生き物だと思っていて、世話をする大変さがある。だから、庭をつくることを誰にでも強く薦めることはありません。
でも、新築の現場に木が入ると、建物の雰囲気ががらりと変わってすごくいいものになるんですよ。それまで堅かった建物の表情がやわらかくなるというか。その瞬間に携われることが造園の仕事の魅力ですね。それをお施主さんも感じているのが分かるとうれしい気持ちになります。
『毎日用もなく庭に出ています』という話を聞いたり、庭にあまり興味を持っていなかった方から『庭をつくってもらって良かった』という声を聞けると、いい仕事ができたなあと感じます」。
小川さんの今後の目標は、今の子どもたちが将来家を建てる時に、庭をつくることを当たり前に感じてもらうことだといいます。
「僕は仕事で県外に行くことも多いんですが、倉敷に行った時に、しっかりと庭をつくる若い世代が多いことに驚きました。理由を聞くと、『育った家に庭があったから』というんです。
実家に庭があっても、それがいいものじゃなかったら、親が手入れを大変そうにしていたら真似したいとは思わない。次の世代に繋がるような、素晴らしい庭が多いということなのでしょう。
庭は生活を豊かにしてくれるものだと僕は思っています。それを多くの人に楽しんでもらえるように、いい庭をたくさんつくっていきたいですね」。
取材協力/EN GARDEN WORK 小川俊彦さん
インスタグラム:@en.garden.work
(取材時期:2022年11月)
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