※本記事はハウジングこまちVol.34(2022/6/25発行)掲載記事です。
優美な曲線を描く、糸魚川発のダイニングチェア
今、糸魚川で作られているHERA CHAIR(ヘラチェア)という名の椅子が脚光を浴びています。
特徴は生き物のようにうねる美しい曲線。その佇まいの優美さや滑らかな感触、包まれるような座り心地が評価され、2022年2月から新潟市内の百貨店やインテリアショップでの展示販売が続きました。
テレビの県内放送や全国放送で紹介されるとさらに認知が広がり、一脚14万円以上するこの椅子の納期は数カ月以上となっています。
ヘラチェアを手掛けているのは、糸魚川市寺島にある工務店、有限会社 匠-TAKUMI。代表の渡辺智紀さんが2013年に独立して始めた工務店で、墨付け刻みをはじめとした大工職人の高い技術力を使って家づくりを行っています。
どのようにして家具づくりをするようになったのか、渡辺さんにこれまでの歩みを伺いました。
“墨付け刻み”ができる大工職人を目指して
「高校3年の就活の時に、進路指導の先生から埼玉県にある建設会社を紹介されたんです。入社するとそこは大工の訓練校を持つ会社で、働きながら大工の勉強ができました。入社1年目から技能五輪への出場が決まっていて、大工のだの字も分からないながらも、同期の誰にも負けたくなくて人一倍練習しました。結果的に埼玉県で2位になり、その後の全国大会で7位に入賞したんです。頑張って結果が出たことが面白くて、この時に大工を続けていきたいと思いました」(渡辺さん)。
職人と言われる職人になりたい。そう考えた渡辺さんは、2年間の訓練期間を終えた後、墨付け刻みの大工仕事ができる環境を求めて糸魚川へ帰郷しました。
「一人前の大工が6、7人いる地元の工務店に入ったんですが、若い頃は先輩たちに毎日怒られてばかりいましたね。でもそこで何年も経験を積んでいくうちに怒られることがなくなり、同時に新しく学ぶことがなくなってきたと感じ始めました。職人として自信が付いていたので独立も考えていましたが、業者との横の繋がりや経営の知識が足りない。そこで、そういった経験を積むために別の工務店へ移ったんです」。
35歳で独立。いい家を建てることが一番の営業活動に
13年程修業した工務店を退職。そして、次の職場で働き始めて3カ月経つ頃に初めて1棟丸ごとを任されたそうです。
「日中は現場で働き、夕方事務所に戻ってからは、エクセルやCADの使い方を独学で習得しました。その頃は毎日深夜まで作業をしていましたが、新しいスキルを学べるのが楽しかったですね。ここでは2年弱お世話になり、この時期に見積もりのやり方を身に付け、業者との関係性を構築できました」。
渡辺さんは同級生の大工を誘い、35歳で独立。最初の仕事は親戚の家の新築でした。
「そこで出た利益でのぼり旗を買ったりと、見学会のための広告宣伝費を惜しまず使いました。すると、土日で百数十人が来場し、次の仕事が生まれました。その後も家を建て、見学会で受注するという繰り返しで、途切れずに仕事が続いています。うちに営業マンはいませんが、僕たち職人が現場で一生懸命働いていい家をつくることが一番の営業になっていると感じます」。
家具職人を迎え入れ、本格的な家具制作に着手
そんな渡辺さんが家具づくりを本格的に始めようと思った理由について尋ねると、「大工がつくる家具がダサくて嫌いだったから」と渡辺さん。
「住宅の家具を造作する時に、建具屋さんがつくるような本格的なフラッシュ家具(芯材に突板や化粧板を張って仕上げる家具)をつくりたい。そう考えていた時に、事業をたたむ建具屋さんから木工機械を買い取らせてもらいました。それから自分たちでフラッシュ家具を製作できるようになったんです」。
職人として技術が増える喜びを感じていた渡辺さんですが、次第に張り物ではない無垢材を使った家具づくりへの興味が湧いていったと話します。
「さすがに無垢材の家具づくりは大工仕事をやりながらでは難しい。そう思っていた時に『削ろう会』という鉋削りの大会で女性の家具職人に出会いました。『うちで家具職人を探しているんだよね』と話すと、『行っていいなら働きたい』と言うんです。それで4年前の春に来てもらいました」。
家具職人の長内優依さんが加わったことで、本格的に無垢材の家具づくりがスタートしました。「まずは長内に自由に椅子をつくってもらいました。でも、完成したその椅子はお世辞にもかっこいいとは言えなくて。そこで、僕の方で笠木の重く見えた部分を鉋で削ぎ落していったんです」。
それを二人で見直し、10脚もの試作を経て納得のいく形に仕上がったといいます。
見えないところ程きれいに仕上げたい
2020年にはウッドデザイン賞を受賞。そこからさらにブラッシュアップを重ね、2021年、生き物のように滑らかでメリハリのあるラインができ上がりました。
「どの角度からもきれいに見えて、数十年後も評価される椅子にしたい。長内には、見えないところ程きれいに仕上げるように厳しく伝えてきました」。
家づくりでも家具づくりでも妥協を許さない渡辺さんは、「手間をかけ過ぎだよ」と言われることもあるそうです。
「でも、家も家具も『これくらいでいいか』が積み重なって支障が出るもの。僕たち職人は木の性質を誰よりも分かっているから、10年以上先を見据えて丁寧につくらなければいけないと思っています」。
不具合が出た時にすぐに駆け付けられるように、家づくりを地元・糸魚川に限定しているのも渡辺さんのこだわり。「あくまで自分は大工職人。今後も技術を向上できるように、常に努力を怠らず、糸魚川によい家をつくっていきたいです」(渡辺さん)。
取材協力/有限会社 匠-TAKUMI 渡辺智紀さん
有限会社匠-TAKUMI
住所 糸魚川市寺島2-9-5
TEL 025-555-7778
(取材時期:2022年5月)
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