伝統にとらわれない新しい組子のデザイン
直線の木のパーツで構成される日本の伝統技術「組子」。細かな木をパズルのように組み合わせて、独特の幾何学模様を作りだす技で、建具などの意匠として使われてきました。しかし、今回取材をした猪俣美術建具店(上越市)が手掛けているのは、単純なパターンの繰り返しではない、大胆なデザインの組子。そこには伝統的に使われることがない曲線が用いられ、しなやかさと躍動感にあふれています。
「20年ほど前に、群馬県の谷川温泉にある旅館、仙寿庵さんの建具を制作する機会がありました。その時に設計士の方から依頼されたのが、曲線を用いた創作性の高い組子でした。この仕事がきっかけになり、自分でも組子のデザインを行うようになったんです」と話すのは猪俣美術建具店の代表・猪俣一博さん。
建設会社や工務店からの細かな指示を受け、それに対して技術を提供することが一般的な建具店のあり方でした。しかし、組子の特性を知り尽くしている職人の強みを生かしながら、猪俣さんはデザインまで提案することを始めたと言います。「まだ誰もが自分のホームページを持っていなかった90年代に店のホームページを始めたこともあり、設計士さんからデザインを含めた相談が徐々に増えていくようになりました」(猪俣さん)。猪俣さんが手掛けている組子作品の特徴は、曲線を使うことの他に、「間」を作ることにあると言います。面をすべて組子で埋め尽くすのではなく、あえて何もない間を作ることでメリハリを出し、印象的な作品に仕上げています。
伝統から脱却し、下請けから直販へ
「組子は手間の掛かるものですし、高い技術が使われている物ほど高額になってしまいます。ただ、その“技術”という価値を実際にはお客様が感じていないケースは多いんです。制作者側の押しつけになっていることも少なくなく、それでは売れない。だからこそ、お客様やインテリアコーディネーターの目線で、インテリアとして求められる物をデザインしたいと思うようになったんです」(猪俣さん)。猪俣さんが作る組子は建具にとどまらず、家具やオブジェなどにもその領域を広げています。そして、そのオーダーのほとんどが今や新潟県外の個人からなのだそうです。「遠方の方とはメールでのやり取りを中心に打ち合わせをして制作を進めます。やはり、直接お客さんから依頼を受け、制作をし、評価を受けられるというのはとても嬉しいことですね」(猪俣さん)。相見積もりによる価格競争に陥らずに、質の高い制作をできることも大きなやりがいに繋がっているそうです。
海外の見本市やイベントへ出展
猪俣さんは、組子を建具の装飾としてだけではなく、アートとして定義をしています。最近ではパリで行われる見本市メゾン・エ・オブジェや、フランクフルトで行われる見本市アンビエンテに出展をすることで、海外からの評価も求めるようにしているそうです。その中で開発を進めたのが、組子を用いたインテリア小物でした。「大きな作品は海外への運搬コストが大きく掛かりますが、小物の場合はバッグに入れて簡単に持ち運べる」ことが大きなメリットだそうで、新潟産業創造機構が運営する百年物語プロジェクトで制作をした「Kinomo Box」は現在パリのDior本店で扱われているそうです。
また、旅館や料亭のインテリアに猪俣さんの組子アートが使われた実績から、現在はマカオやシンガポールのホテルのダイニングに使われる組子の依頼を受けているそうです。
「組子は、既存の建築業界においてはなかなかチャンスが少ないですが、アートの世界ではまだまだのびしろがある」と猪俣さん。「組子の独特の技術だけではなく、アートと定義することで組子自体の価値をトータルで上げていきたいです。伝統も大事ですが、自らが企画屋となって新しい物を生み出していくことが重要」。そう話す猪俣さんは、2015年4月23日~26日の間にニューヨークのartexpo New Yorkで行われる現代アートイベントの出展を控えています。「現代アートの展示会に出展するのは初めて。ここでどのような評価を受けられるか楽しみですね」(猪俣さん)。
組子を建具の意匠や、伝統的な装飾としてではなく、定義そのものを変えるというイノベーションを起こした猪俣さん。今後日本では、人口減少と共に新築着工戸数は減少していくと推測されています。しかし、そんな逆境だからこそ、技術を持つ職人さんの世界では、新しいイノベーションが生まれてくる機運が高まっているかもしれません。
取材協力:猪俣美術建具店
(ハウジングこまち編集部 鈴木)
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